佐藤 正寛 (茨城大):"物質中の周期外場駆動現象に対する理論研究の進展"
近年、フロケの定理が物性物理学分野で広く知られるようになり、それを応用して周期外場中の閉じた量子系の理論研究が精力的に行われている[1-5]。フロケの定理とは、空間的周期構造を持つ結晶系で良く知られるブロッホの定理の時間版であり、これを用いれば周期外場中の時間依存シュレディンガー方程式は静的有効ハミルトニアンの固有値問題にマップすることが出来る。特に周期外場周波数が系のエネルギースケールより十分大きい場合は、有効ハミルトニアンを系統的に計算するフロケ・マグナス(FM)展開法が確立している。有効ハミルトニアンは一般に外場を印加する前の系のそれからずれる為、周期外場は系の物性を変化させたと解釈される。この事実を積極的に利用して系の物性を周期外場で制御する方法はフロケ・エンジニアリングと呼ばれ、精力的に議論されている。物性分野における周期外場の典型はレーザーに代表されるコヒーレントな電磁波であるが、レーザー科学も近年急速に発達しており、光によるフロケ・エンジニアリングが実験的にも実現可能になりつつある。 このような状況を踏まえて、我々は最近、磁性体における多彩なフロケ・エンジニアリングの提案[6-8]やフロケ・エンジニアリング理論の古典開放系への拡張[9]などの成果を挙げている。本研究会では、まず量子系にフロケ・エンジニアリングの解説も含めてマルチフェロイック磁性体におけるフロケ・エンジニアリングの結果[8]を紹介し、続いて、古典開放系におけるFM展開法とその応用[9]を解説したい。フロケ・エンジニアリングにあまり馴染みのない方々にもその予言力や本質的な要点が伝わるように心掛けたい。
[1] T. Oka and H. Aoki, Phys. Rev. B 79, 81406 (2009). [2] A. Eckardt, Rev. Mod. Phys. 89, 11004 (2017). [3] T. Oka and S. Kitamura, arXiv:1804.03212. [4] T. Kuwahara, T. Mori, and K. Saito, Annals of Physics 367, 96 (2016). [5] 佐藤、高吉、岡、日本物理学会誌2017年11月号p.783. [6] S. Takayoshi, M. Sato, and T. Oka, Phys. Rev. B 90, 214413 (2014). [7] M. Sato, Y. Sasaki, and T. Oka, arXiv:1404.2010. [8] M. Sato, S. Takayoshi, and T. Oka, Phys. Rev. Lett. 117, 147202 (2016). [9] S. Higashikawa, H. Fujita and M. Sato, arXiv:1810.01103.
白石 直人 (慶応大):"熱力学的系におけるスピードの原理限界"
熱力学的不可逆性の度合いを特徴づける量としてエントロピー生成がある。熱力学第二法則は、一般の過程においてエントロピー生成が非負であることを主張する。だがもし考察対象の過程を、有限速度の操作や緩和過程など準静的過程以外のものに限定した場合、エントロピー生成は第二法則よりも強い不等式で制限されるはずだと期待される。第二法則よりも強い不等式の解明は、どのような性質が不可逆性を大きくするのかを明らかにするものであり、熱力学的不可逆性の本質を理解する上で欠かせないものである。
本講演では、近年の非平衡統計力学の知見を活用して、有限速度の操作に対し、第二法則よりも強い不等式の導出を行う[1]。得られた不等式は、操作速度によってエントロピー生成とアクティビティ(ダイナミクスの時間スケールを決める量)の積が下から押さえられることを示している。また、より一般の系においては、エントロピー生成の代わりにHatano-Sasaエントロピー生成を用いた同様の式が成り立つことも示せる。これらの結果は、「操作の素早さ」がどのような熱力学的制約をもたらすのかを、物理的な意味が明快な形で示したものである。なお、ここで得られた結果は、熱機関のパワーと効率のトレードオフ不等式[2]と同一の着想に基づいたものであるため、その関連性についても併せて議論する。
時間が許せば、エントロピー生成率に対する新たな変分的特徴付けと、それを用いて得られる、緩和過程に対する第二法則よりも強い不等式[3]についても議論したい。
[1] N. Shiraishi, K. Funo, and K. Saito, "Speed Limit for Classical
Stochastic Processes", Phys. Rev. Lett. 121, 070601 (2018).
[2] N. Shiraishi, K. Saito, and H. Tasaki, “Universal Trade-Off
Relation between Power and Efficiency for Heat Engines”, Phys. Rev.
Lett. 117, 190601 (2016).
[3] N. Shiraishi and K. Saito, in preparation.
花田 政範 (サウサンプトン大):"Evaporating Black Hole and Partial Deconfinement"
ゲージ/重力対応を通じてゲージ理論の非閉じ込め相と超弦理論のブラックホールが等価であることはよく知られています。このブラックホールは普通のブラックホール(シュバルツシルト・ブラックホール)とは異なり、比熱が正で、熱力学的に安定です。シュバルツシルト・ブラックホールは比熱が負で、放っておくと蒸発するのですが、そのような状態をゲージ理論でどう記述するかというのは難しい問題です。本講演では、シュバルツシルト・ブラックホールが「部分的な非閉じ込め」で自然に記述できること、「部分的な非閉じ込め」はラージNのゲージ理論の一般的な性質で、QCDのような有限のNの理論でも近似的に意味を成すことを説明します。「部分的な非閉じ込め」というと何やら難しい話に聞こえますが、同じメカニズムは我々の身近なところでも多々見られます。例えば、Amazonや楽天などの一部のウェブサイトが市場の大きなシェアを握ることは、基本的に同じメカニズムで説明できます。本講演では、ゲージ理論/超弦理論との関係が非常に明確な例として、アリの行列の生成メカニズムを取り上げます。アリの総数とゲージ群のサイズ、個々のアリとDブレーン、アリの行列とブラックホールを対応させると、アリの群れとゲージ理論のダイナミクスは非常に良く似ており、定性的に同じ相構造が得られ、負の比熱が現れる理由も直観的に理解できます。時間に余裕があれば、10次元時空中のブラックホールのエネルギーと温度の関係 E ~ N^2*T^{-7}がゲージ理論からどのようにして現れるのかも(アリとは関係なしに、純粋にゲージ理論の性質だけに基づいて)説明したいと思います。
高三 和晃 (京都大):"強相関1次元量子系における絶縁破壊の普遍的振る舞い:非エルミートsine-Gordon模型による解析"
絶縁体に閾値以上の強い電場を印加すると電流が流れる。この現象は、絶縁破壊(Dielectric breakdown)と呼ばれ、1934年のC. Zenerによるバンド絶縁体に関する研究[1]以来、物質中の典型的な非線形・非平衡輸送現象として長きに渡って研究されてきた。近年では、バンド絶縁体を超えて強相関系の絶縁破壊を調べる研究も精力的になされている。例えば、強相関絶縁体の典型であるMott絶縁体の絶縁破壊は理論・実験の両面から精力的に調べられている[2]。さらに高エネルギー物理学におけるSchwinger機構との関係も議論され[3]、絶縁破壊は量子系の非平衡現象を探求する舞台として大きな広がりを見せている。 一方で、これまではMott絶縁体に対応するフェルミオンHubbard模型の研究が中心であり、他の強相関系はほとんど調べられてこなかった。しかし、現実には電荷秩序絶縁体や近藤絶縁体、冷却原子系でのボースMott絶縁体など、さまざまな強相関絶縁体が実験可能な系として実現しており、これらの系での絶縁破壊を議論することは重要な課題であると言える。さらに、強相関絶縁体に共通する、モデルの詳細によらない普遍的な性質は明らかにするというのも興味深い課題だと考えられる。 そこで我々は上記の課題に取り組むべく、幅広いクラスの1次元強相関絶縁体を扱える「ボソン化法」を用いて、絶縁破壊現象を調べたので、その結果についてお話したい[4]。具体的には、強相関絶縁体の低エネルギー有効模型に相当するsine-Gordon模型に、量子トンネル現象の理論を組み合わせて解析を行った。その中で、形式的に非エルミートなsine-Gordon模型が現れ、これを利用することで絶縁破壊の閾値電場を与える解析的な式を得ることに成功した。その式は”多体Landau-Zener公式”と解釈できるものであり、幅広い1次元強相関絶縁体に普遍的に適用できる結果である。この普遍性は、低エネルギー有効模型が持つLorentz不変性と関連していると考えられ、講演ではその関係も議論する。 さらに、上述の結果は低エネルギー有効模型の解析に依存しているものであるため、格子模型においてどの程度この結果が成立するかは明らかでない。そこで、可積分量子系(SSH模型・XXZ模型・1次元フェルミオンHubbard模型)において、我々の公式の妥当性を調べたのでその結果についてもご報告する。結果として、弱結合領域を中心に幅広い領域で、我々の公式がよく成立していることが分かった。これは、我々の低エネルギー有効理論による解析を支持するものである。一方で、強結合領域では一定のズレが存在することも分かった。これは、強結合領域ではLandau-Zener公式を安易に適用してはいけないということを意味しており、示唆深い結果であると考えている。 なお本講演は、中川 大也氏(RIKEN)・川上 則雄氏(京大)との共同研究[4]にもとづくものである。
参考文献 [1] C. Zener, Proc. R. Soc. London Ser. A 145, 523–529 (1934). [2] For example, H. Yamakawa, et al. Nat. Mat. 16 1100–1105 (2017). [3] T. Oka and H. Aoki, Phys. Rev. Lett. 95, 137601 (2005). [4] K. Takasan, M. Nakagawa, and N. Kawakami, in preparation.
鎌田 翔 (NC State Univ.):"Non-perturbative rheological behavior of a far-from-equilibrium expanding plasma"
For the Bjorken flow we investigate the hydrodynamization of different modes of the one-particle distribution function by analyzing its relativistic kinetic equations. We calculate the constitutive relations of each mode written as a multi-parameter trans-series encoding the non-perturbative dissipative contributions quantified by the Knudsen Kn and inverse Reynolds Re^{−1} numbers. At any given order in the asymptotic expansion of each mode, the transport coefficients get effectively renormalized by summing over all non-perturbative sectors appearing in the trans-series. This gives an effective description of the transport coefficients that provides a new renormalization scheme with an associated renormalization group equation, going beyond the realms of linear response theory. As a result, the renormalized transport coefficients feature a transition to their equilibrium fixed point, which is a neat diagnostics of transient non-Newtonian behavior. As a proof of principle, we verify the predictions of the effective theory with the numerical solutions of their corresponding evolution equations. Our studies strongly suggest that the phenomenological success of fluid dynamics far from local thermal equilibrium is due to the transient rheological behavior of the fluid.
白井 達彦 (東京大):"非平衡環境と接したマクロ量子系への固有状態熱化仮説の応用"
非平衡環境と弱く接したマクロな量子系の定常状態について議論する。系が非常に大きな自由度を持った環境と接すると、散逸の効果によってある定常状態へと緩和する。環境が熱平衡状態にある時には、詳細釣り合いの関係によって定常状態はギブス状態で与えられる。一方で環境が非平衡状態にある時には、詳細釣り合いの関係は満たされず、従って定常状態をシンプルな式で表すことはできない。そのような非平衡環境にある量子系の定常状態の性質を明らかにすることは、統計物理学の問題の一つであり、近年の冷却原子系やイオントラップ系の実験の進歩により注目を集めている。これらの実験系では、散逸を制御することにより、長距離秩序やトポロジカル秩序といった性質を定常状態として実現する試みが提案されている[1]。 本発表では、非平衡環境にあるマクロな量子系の定常状態を記述する上で、固有状態熱化仮説が重要な役割を担うことを紹介する。私たちはあるクラスのマクロな量子開放系の定常状態において、詳細釣り合いの関係が破れているにも関わらず、ある有効温度のギブス状態がその良い記述を与えることを数値的に示した[2]。ギブス状態の実現は ・注目系と環境との間の相互作用の強さに関する摂動展開の正当性 ・注目系が固有状態熱化仮説を満たすこと の二点に基づいている。 固有状態熱化仮説に基づいたギブス状態の実現可能性において、非自明な点は摂動展開の正当性にある。Prosenらの議論により、一般の量子開放系において、摂動展開の収束半径はシステムサイズの増加に伴い、急速に0に向かって小さくなることが知られている[3]。その事実にかかわらず、定常状態に保存カレントが流れていない場合には、摂動展開が熱力学的極限において漸近展開になっており、従って最低次で摂動展開を打ち切った摂動解が定常状態の良い記述を与えることを、スピン系の数値計算によって示した。この事実と固有状態熱化仮説を組み合わせることで、定常状態を表す密度行列はギブス状態でないにも関わらず、その定常状態は熱平衡状態として記述できることが結論される。最後に、この理論の適用範囲についても議論する。バルクに定常カレントが流れている場合には摂動展開が破綻し、そのために定常状態は熱平衡状態として記述されないことを、ボース・ハバード模型の数値計算によって示した。
[1] S. Diehl, A. Micheli, A. Kantian, B. Kraus, H. Büchler, P. Zoller, Nat. Phys. 4 (2008) 878. [2] T. Shirai, T. Mori, in preparation. [3] H. C. Lemos, T. Prosen, Phys. Rev. E 95 (2017) 042137.
布能 謙 (理研):"量子速度限界、断熱過程のショートカットと量子熱力学"
量子速度限界(quantum speed limit, QSL)とは、量子操作に必要な時間の下限を与える普遍的な不等式であり、ハイゼンベルクの時間・エネルギー不確定性関係の厳密な定式化と捉えることもできる。QSLはこのように、量子力学の基本原理に密接に関係した関係式であり、システムに依存しないユニヴァーサルな関係式であるため、量子計算、メトロジー、量子最適制御、量子熱力学といった、様々な分野に応用されてきた。 一方、量子断熱時間発展をショートカットすることで、孤立量子系を有限時間で効率的に制御する手法として、断熱過程のショートカット(shortcuts to adiabaticity,STA)が活発に研究されてきた。そのため、STAを活用することで、有限時間で量子操作や熱機関を効率的に実装することができると考えられてきた。 本発表では、QSL,STA,量子熱力学に関連する二つの研究を紹介する。1つ目の研究[1]は、STAを実装して量子操作を加速したときに必要な熱力学的なコストを調べる。その際、STAによって余分な仕事は期待値のレベルでは必要ないが、仕事ゆらぎはエンハンスされる。さらに、QSLを拡張することで、操作時間と仕事ゆらぎの間にユニヴァーサルなトレードオフ関係があることを示す。2つ目の研究[2]は、量子開放系のQSLの定式化である。特に、操作時間の下限を与える量を量子熱力学で現れる物理的な量や、STAで現れる量と結びつけることで、量子操作のスピードがどのような量によって制限されるかを明らかにする。 これらの研究はQSL,STA,量子熱力学といった異なる分野の間の思わぬ結びつきを示唆し、非平衡な量子ダイナミクスの制御手法へのさらなる理解が期待される。
[1] K. Funo, et. al., PRL 118, 100602 (2017). [2] K. Funo, N. Shiraishi, K. Saito, arXiv:1810.03011.
高橋 和孝 (東工大):"制御の問題から見る動力学の普遍的構造"
断熱状態を制御する手法Shortcuts to Adiabaticityは量子状態を理想のままに操作する理論的手法として提案され、その有効性は実験的にも確立している。ところが、この手法がどのような系に対しても適用できることはあまり認識されていない。どのような系でもハミルトニアンを二つに分割することができて、それぞれは系のエネルギーを測る役割と状態を変化させる生成子の役割を果たす。そして、ハミルトニアンによるエネルギー論、ハミルトニアンの分割による運動論を同じ枠組みで議論できる。Schroedinger方程式と類似の形をもつマスター方程式などにも適用可能であるので、量子系に限らず古典系や熱力学系への拡張も可能である。さらに言えば、この方法は動的不変量・量子最速曲線・(量子)速度限界・古典非線形可積分系におけるLax形式・Wegnerフロー・情報幾何学におけるPythagorasの定理・QAOAアルゴリズムなどさまざまな概念と密接に関係している。本講演では動力学の普遍的構造という視点からさまざまな非平衡現象を捉え、これまでの研究成果を交えながらどのような応用可能性があるか議論したい。
ポスター発表
宇都宮 将人 (京都大):"イオンチャネルの現象論的粉体モデルと異常緩和"
HodgkinとKeynesが60年代に提唱したイオンチャネルの粉体モデルは二つの部屋を細長い通路でつないだ構造をしている.その中の粒子は細長い通路を通って,二つの部屋を行き来する.大信田らはこのような細長い通路のような構造が拡散現象に影響を及ぼして,異常拡散が生じる可能性を示した.ここでは,HodgkinとKeynesの粉体モデルに似た容器を用いた粉体の加振を離散要素法(Discrete Element Method)を用いた数値解析により平衡状態への緩和を調べ,平均場方程式の結果と比較する.また,HodgkinとKeynesの粉体モデルに似た容器をソフトポテンシャルに置き換え,人為的な細長い通路を用いずとも,異常拡散が生じることを示す.
手塚 真樹 (京都大):"量子リアプノフスペクトルおよび時間相関による量子多体系のカオス性の特徴づけ"
量子多体系のカオスを特徴づける2つの方法を提案する。まず、有限時間での古典系のリアプノフスペクトル[1]を量子系に拡張したものを考える[2]。熱力学極限かつ低温でリアプノフ指数が「カオスの上限」を満たす系であるSachdev-Ye-Kitaev模型では、リアプノフスペクトルがランダム行列的な統計を示すが、1体ホッピングによりカオス性を乱す[3]と、準位間反発は失われてポアソン統計に近づくことがわかった。同様の振る舞いは、多体局在を示す系である、XXZ量子スピン鎖にランダム磁場を加えた系でも見られる。リアプノフスペクトルの時間依存性およびエントロピー生成との関係も含めて議論する。 さらに、2サイト間の時間相関を行列とみたものの特異値によっても、量子多体系のカオス性が特徴づけられる可能性を提案する[4]。
[1] M. Hanada, H. Shimada, and M. Tezuka, "Universality in Chaos: Lyapunov Spectrum and Random Matrix Theory", Phys. Rev. E 97, 022224 (2018). [2] Hrant Gharibyan, Masanori Hanada, Brian Swingle, and Masaki Tezuka, “Quantum Lyapunov Spectrum”, arXiv:1809.01671 . [3] A. M. Garcia-Garcia, B. Loureiro, A. Romero-Bermudez, and M. Tezuka, “Chaotic-Integrable Transition in the Sachdev-Ye-Kitaev Model”, Phys. Rev. Lett. 120, 241603 (2018). [4] Hrant Gharibyan, Masanori Hanada, Brian Swingle, and Masaki Tezuka, in preparation.
中村 真 (中央大):"ゲージ・重力対応における非平衡相転移の臨界指数の解析"
平衡系と非平衡系の違いとして、例えば詳細つり合いの原理の成立の有無という大きな違いがあるが、この他にも、非平衡系を記述するパラメータとして、平衡系には存在しなかった新たなパラメータが加わるという違いもある。この新たに加わるパラメータの例として、外部電場に沿った方向の電流密度がある。非平衡系を記述するマクロな有効理論が存在した場合、その理論において電流密度はどのような役割を果たすだろうか。本研究では、このような観点から、ゲージ・重力対応を用いて、外部電場に沿って定常電流が流れる非平衡定常状態を、線形応答を超えた領域において解析した。文献[1]では、この非線形領域において電気伝導度が転移する、電流駆動型の非平衡相転移が発見され、2次相転移点におけるβおよびδに対応する臨界指数が計算された。本研究[2]では、新たに電流密度に対する感受率を定義し、その振る舞いからγに対応する臨界指数を計算した。得られた結果はいずれも平衡系のランダウ理論で予想される臨界指数の値と一致する。このことから、ここで扱う非平衡相転移の背後には、電流密度をパラメータとした、ランダウ理論に類似の何らかの有効理論が存在することが示唆される。一方で、単純にはランダウ理論を構成しにくい事情も存在する。本講演では解析の詳細と関連する考察について説明する。
[1] S.N. ``Nonequilibrium Phase Transitions and Nonequilibrium Critical Point from AdS/CFT,'' Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 120602. [2] M. Matsumoto and S.N. ``Critical Exponents of Nonequilibrium Phase Transitions in AdS/CFT Correspondence,'' arXiv:1804.10124 [hep-th].
松田 英史 (京都大):"古典場におけるずり粘性"
相対論的重イオン衝突実験において、クォーク・グルーオンプラズマ(QGP)生成に至るまでの短い熱化時間をもたらす機構について理解することは課題の1つである。衝突直後、系はグラズマと呼ばれる古典ヤンミルズ場が支配的である。そしてグラズマが自発的に崩壊し粒子系となり、やがてQGPに至るという描像が相対論的重イオン衝突における熱化過程である。したがって、熱化過程における初期段階を理解するためにはグラズマの熱化について調べる必要がある。先行研究[1,2,3]では、グラズマの持つ不安定性やカオス性が急速な圧力の等方化とエントロピー生成をもたらすことが調べられており、この急速な熱化が早い熱化時間を説明するかもしれないと期待されている。ただし、グラズマは古典平衡状態に一気に到達するわけではなく前述の急速なエントロピー生成を伴う早い熱化の後、穏やかなエントロピー生成を伴う準平衡状態を経由し古典熱平衡状態へと至る[3]。この準平衡状態における穏やかなエントロピー生成の起源はよく理解されていない。 本研究では、古典場の準平衡状態が粘性流体的な振る舞いをすると考えるならば、エントロピー生成は粘性や熱伝導などの流体の機構で説明できることに着目する。そして、エントロピー生成の起源の候補の1つとして、古典場がどの程度のずり粘性を持つのかを調べる[4]。ずり粘性の計算には線形応答理論におけるグリーン・久保の公式を用いる。 発表では、まず古典ヤンミルズ場よりも簡単なスカラー場における結果を見せて、次にヤンミルズ場についての結果を見せる。最後に結果をもとに議論を行う。
[1] P. Romatschke and R. Venugopalan, Phys. Rev. D 74, 045011 (2006) [2] T. Epelbaum and F. Gelis, Phys. Rev. Lett. 111, 232301 (2013) [3] H. Tsukiji, T. Kunihiro, A. Ohnishi, and T. T. Takahashi, PTEP 2018, 013D02 (2018). [4] M. M. Homor and A. Jakovac, Phys Rev D 92, 105011 (2015).
山中 由也 (早稲田大):"Bogoliubov変換を含む4x4行列形式のThermo Field Dynamics"
トラップされた冷却ボース原子系を想定した非平衡場の量子論系の定式化の一環である。近年の研究で、自己エネルギーの繰り込み条件から量子輸送方程式を導出するThermo Field Dynamics(TFD)において、Bose-Einstein condensation (BEC)のない非一様系について定式化がなされ、また真空または平衡系においてBECの存在する際の量子揺らぎの大きいゼロモード演算子の取り扱いについて進展を見た。BECを含む非平衡過程の記述には、TFDの熱的BOgoliubov変換に加えて通常の準粒子を定義するBogoliubovhen変換あり、4x4行列形式の定式化が必要である。単純な2個の変換の直積では非平衡TFD形式では機能せず、これまで矛盾のない定式化が確定していなかった。今回、矛盾ない定式化の試みを報告する。