基研研究会・iTHEMS研究会 2018

講演概要リスト

招待講演

  • 笠原 裕一 (京都大):"量子スピン液体におけるマヨラナ準粒子と量子ホール効果"
     量子スピン液体は、強い量子揺らぎにより絶対零度まで長距離秩序が抑制された量子状態である。単純な対象製の破れを示さず顕な秩序変数が存在しないが、スピンの分数化に伴う準粒子励起やトポロジカル秩序で特徴づけられることが理論研究から明らかになってきた。なかでも最近、キタエフ模型と呼ばれる蜂の巣格子におけるスピン1/2の量子スピン模型が注目を集めている。なぜなら、キタエフ模型では基底状態の厳密解が得られ、それが量子スピン液体であることが示されるだけでなく、分数励起としてマヨラナ準粒子が現れることが厳密解の導出過程で自然と導かれるためである。量子スピン液体の模型としてだけではなく、統計基礎論や量子計算との関連を持つことも、分野横断的に興味が持たれている理由として挙げられる。  実験的研究の最大の焦点となっているのが、マヨラナ準粒子の検出である。マヨラナ準粒子は、これまで主に超伝導体を舞台として探索が行われてきた。実際に、マヨラナ準粒子を観測したという実験結果がいくつか報告されているものの、決定的な証拠が得られたとは言い難く、論争が続いている。そこで我々は、キタエフ模型の候補物質において、マヨラナ準粒子の検出を試みた。候補物質のひとつである磁性絶縁体α-RuCl3の量子スピン液体状態において熱ホール伝導度を高精度で測定した結果、絶縁体であるにも関わらず、熱ホール伝導度が磁場や温度に対して一定値となる量子プラトーを観測した。その量子化値は量子ホール効果で期待される値のちょうど半分である。このことは、量子ホール効果に伴うエッジ流を運ぶ準粒子が電気的中性かつ非アーベル統計に従うこと、準粒子の自由度が電子の半分であることを示しており、マヨラナ準粒子の直接的な証拠を与える。さらには量子スピン液体におけるトポロジカル秩序を初めて実証するものである。講演では、磁場によるトポロジカル転移についても議論する。
  • 川口 喬吾 (理研):"多細胞現象と非平衡物理"
     哺乳類の成体では細胞が絶えず失われているが、それが細胞分裂により補われるしくみはほとんど分かっておらず、特に上皮幹細胞のダイナミクスに関しては歴史的にさまざまな説が唱えられてきた。近年のクローン染色実験によって、上皮幹細胞の運命選択(分化による喪失または分裂による増殖)は細胞自律的な確率過程に従うとされ、この問題には決着がついたかに思われた。しかし、上皮幹細胞が二次元系をなしていることと関連して、細胞が本当に自律的に運命を決めているのか、空間的に近い細胞の運命の間に相互作用があるのかは、実のところ未解明であった。今回われわれは、Yale MedのGreco labが生きたマウスの上皮幹細胞を1週間にわたり観察したデータを解析した。その結果、細胞の運命決定が自律的でないばかりか、分化によって生じた穴に隣接する細胞が分裂によりその穴を埋めるという、強い相互作用があることを見つけた。本講演では、成体組織恒常性に関連するいくつかの理論モデルと実験の関連性、変異細胞の増殖プロセスなどについて説明する。
  • 佐々 真一 (京都大):"ゆらぐオーダーパラメータダイナミクス"
     動的臨界現象が盛んに研究されていたころ、モデルA、モデルB, ・・・モデルHというジャーゴンが飛び交っていた。対称性と保存量による確率的時間発展の分類がされ、その振る舞いは動的くりこみ群によって議論された。それから40年たった今、我々は何を理解して、何を理解していないのか。計算技巧的な問題でなく、「物理の問題」として質的に理解されていないいくつかの問題群を紹介する。特に、熱伝導下相共存という現象では、新しい理論、新しい実験が必要とされることを説明する。紹介する話題は多くの方との共同研究が含まれている。
  • 佐藤 正寛 (茨城大):"物質中の周期外場駆動現象に対する理論研究の進展"
     近年、フロケの定理が物性物理学分野で広く知られるようになり、それを応用して周期外場中の閉じた量子系の理論研究が精力的に行われている[1-5]。フロケの定理とは、空間的周期構造を持つ結晶系で良く知られるブロッホの定理の時間版であり、これを用いれば周期外場中の時間依存シュレディンガー方程式は静的有効ハミルトニアンの固有値問題にマップすることが出来る。特に周期外場周波数が系のエネルギースケールより十分大きい場合は、有効ハミルトニアンを系統的に計算するフロケ・マグナス(FM)展開法が確立している。有効ハミルトニアンは一般に外場を印加する前の系のそれからずれる為、周期外場は系の物性を変化させたと解釈される。この事実を積極的に利用して系の物性を周期外場で制御する方法はフロケ・エンジニアリングと呼ばれ、精力的に議論されている。物性分野における周期外場の典型はレーザーに代表されるコヒーレントな電磁波であるが、レーザー科学も近年急速に発達しており、光によるフロケ・エンジニアリングが実験的にも実現可能になりつつある。 このような状況を踏まえて、我々は最近、磁性体における多彩なフロケ・エンジニアリングの提案[6-8]やフロケ・エンジニアリング理論の古典開放系への拡張[9]などの成果を挙げている。本研究会では、まず量子系にフロケ・エンジニアリングの解説も含めてマルチフェロイック磁性体におけるフロケ・エンジニアリングの結果[8]を紹介し、続いて、古典開放系におけるFM展開法とその応用[9]を解説したい。フロケ・エンジニアリングにあまり馴染みのない方々にもその予言力や本質的な要点が伝わるように心掛けたい。
    [1] T. Oka and H. Aoki, Phys. Rev. B 79, 81406 (2009). [2] A. Eckardt, Rev. Mod. Phys. 89, 11004 (2017). [3] T. Oka and S. Kitamura, arXiv:1804.03212. [4] T. Kuwahara, T. Mori, and K. Saito, Annals of Physics 367, 96 (2016). [5] 佐藤、高吉、岡、日本物理学会誌2017年11月号p.783. [6] S. Takayoshi, M. Sato, and T. Oka, Phys. Rev. B 90, 214413 (2014). [7] M. Sato, Y. Sasaki, and T. Oka, arXiv:1404.2010. [8] M. Sato, S. Takayoshi, and T. Oka, Phys. Rev. Lett. 117, 147202 (2016). [9] S. Higashikawa, H. Fujita and M. Sato, arXiv:1810.01103.
  • 白石 直人 (慶応大):"熱力学的系におけるスピードの原理限界"
     熱力学的不可逆性の度合いを特徴づける量としてエントロピー生成がある。熱力学第二法則は、一般の過程においてエントロピー生成が非負であることを主張する。だがもし考察対象の過程を、有限速度の操作や緩和過程など準静的過程以外のものに限定した場合、エントロピー生成は第二法則よりも強い不等式で制限されるはずだと期待される。第二法則よりも強い不等式の解明は、どのような性質が不可逆性を大きくするのかを明らかにするものであり、熱力学的不可逆性の本質を理解する上で欠かせないものである。 本講演では、近年の非平衡統計力学の知見を活用して、有限速度の操作に対し、第二法則よりも強い不等式の導出を行う[1]。得られた不等式は、操作速度によってエントロピー生成とアクティビティ(ダイナミクスの時間スケールを決める量)の積が下から押さえられることを示している。また、より一般の系においては、エントロピー生成の代わりにHatano-Sasaエントロピー生成を用いた同様の式が成り立つことも示せる。これらの結果は、「操作の素早さ」がどのような熱力学的制約をもたらすのかを、物理的な意味が明快な形で示したものである。なお、ここで得られた結果は、熱機関のパワーと効率のトレードオフ不等式[2]と同一の着想に基づいたものであるため、その関連性についても併せて議論する。 時間が許せば、エントロピー生成率に対する新たな変分的特徴付けと、それを用いて得られる、緩和過程に対する第二法則よりも強い不等式[3]についても議論したい。
    [1] N. Shiraishi, K. Funo, and K. Saito, "Speed Limit for Classical Stochastic Processes", Phys. Rev. Lett. 121, 070601 (2018). [2] N. Shiraishi, K. Saito, and H. Tasaki, “Universal Trade-Off Relation between Power and Efficiency for Heat Engines”, Phys. Rev. Lett. 117, 190601 (2016). [3] N. Shiraishi and K. Saito, in preparation.
  • 関澤 一之 (新潟大):"低エネルギー原子核反応における非平衡過程"
     原子核は2種類のフェルミ粒子,陽子と中性子(総称して核子と呼ばれる)から構成される,小さな領域(~10^-14 m)に自己束縛した有限量子多体系である.陽子間にはクーロン力が,そして核子間には強い力を起源とする核力が働いている.クーロン障壁近傍の入射エネルギーで起こる低エネルギー原子核反応は,2つの有限量子多体系の接触に伴う非平衡量子過程とみなすことができる.本講演では,非平衡系の物理という観点から,低エネルギー原子核反応の物理を概観したい.
  • 西田 祐介 (京都大):"非相対論的な系における共形対称性と流体力学"
     冷却原子系を念頭に、非相対論的な系における共形対称性、その流体力学への帰結、関連する実験などについてレヴューを行う。
  • 野海 俊文 (神戸大):"加速膨張宇宙と非平衡系の場の理論"
     場の理論、非平衡屋さん向けにインフレーション宇宙論のレビューをします。インフレーションに代表される「加速膨張宇宙における場の理論」は「非平衡系の場の理論」と類似の性質を持つことが知られています。この類似性を踏まえながらインフレーション宇宙論を概説することで、宇宙論・素粒子論屋さんだけでなく非平衡屋さんにもインフレーションの面白さを伝えたいと思っています。より具体的には、加速膨張宇宙と熱力学のアナロジーや、宇宙背景放射の温度揺らぎから観測される原始揺らぎの性質、を議論する予定です。
  • 花田 政範 (サウサンプトン大):"Evaporating Black Hole and Partial Deconfinement"
     ゲージ/重力対応を通じてゲージ理論の非閉じ込め相と超弦理論のブラックホールが等価であることはよく知られています。このブラックホールは普通のブラックホール(シュバルツシルト・ブラックホール)とは異なり、比熱が正で、熱力学的に安定です。シュバルツシルト・ブラックホールは比熱が負で、放っておくと蒸発するのですが、そのような状態をゲージ理論でどう記述するかというのは難しい問題です。本講演では、シュバルツシルト・ブラックホールが「部分的な非閉じ込め」で自然に記述できること、「部分的な非閉じ込め」はラージNのゲージ理論の一般的な性質で、QCDのような有限のNの理論でも近似的に意味を成すことを説明します。「部分的な非閉じ込め」というと何やら難しい話に聞こえますが、同じメカニズムは我々の身近なところでも多々見られます。例えば、Amazonや楽天などの一部のウェブサイトが市場の大きなシェアを握ることは、基本的に同じメカニズムで説明できます。本講演では、ゲージ理論/超弦理論との関係が非常に明確な例として、アリの行列の生成メカニズムを取り上げます。アリの総数とゲージ群のサイズ、個々のアリとDブレーン、アリの行列とブラックホールを対応させると、アリの群れとゲージ理論のダイナミクスは非常に良く似ており、定性的に同じ相構造が得られ、負の比熱が現れる理由も直観的に理解できます。時間に余裕があれば、10次元時空中のブラックホールのエネルギーと温度の関係 E ~ N^2*T^{-7}がゲージ理論からどのようにして現れるのかも(アリとは関係なしに、純粋にゲージ理論の性質だけに基づいて)説明したいと思います。
  • 福嶋 健二 (東京大):"クォーク・グルーオン・プラズマ中の粒子生成と熱化の諸問題"
     原子核衝突実験において過去10年間以上にわたり熱化の問題が議論されてきた。その中で我々の学んできた理論的知見をレビューする。

口頭発表

  • 高三 和晃 (京都大):"強相関1次元量子系における絶縁破壊の普遍的振る舞い:非エルミートsine-Gordon模型による解析"
     絶縁体に閾値以上の強い電場を印加すると電流が流れる。この現象は、絶縁破壊(Dielectric breakdown)と呼ばれ、1934年のC. Zenerによるバンド絶縁体に関する研究[1]以来、物質中の典型的な非線形・非平衡輸送現象として長きに渡って研究されてきた。近年では、バンド絶縁体を超えて強相関系の絶縁破壊を調べる研究も精力的になされている。例えば、強相関絶縁体の典型であるMott絶縁体の絶縁破壊は理論・実験の両面から精力的に調べられている[2]。さらに高エネルギー物理学におけるSchwinger機構との関係も議論され[3]、絶縁破壊は量子系の非平衡現象を探求する舞台として大きな広がりを見せている。 一方で、これまではMott絶縁体に対応するフェルミオンHubbard模型の研究が中心であり、他の強相関系はほとんど調べられてこなかった。しかし、現実には電荷秩序絶縁体や近藤絶縁体、冷却原子系でのボースMott絶縁体など、さまざまな強相関絶縁体が実験可能な系として実現しており、これらの系での絶縁破壊を議論することは重要な課題であると言える。さらに、強相関絶縁体に共通する、モデルの詳細によらない普遍的な性質は明らかにするというのも興味深い課題だと考えられる。 そこで我々は上記の課題に取り組むべく、幅広いクラスの1次元強相関絶縁体を扱える「ボソン化法」を用いて、絶縁破壊現象を調べたので、その結果についてお話したい[4]。具体的には、強相関絶縁体の低エネルギー有効模型に相当するsine-Gordon模型に、量子トンネル現象の理論を組み合わせて解析を行った。その中で、形式的に非エルミートなsine-Gordon模型が現れ、これを利用することで絶縁破壊の閾値電場を与える解析的な式を得ることに成功した。その式は”多体Landau-Zener公式”と解釈できるものであり、幅広い1次元強相関絶縁体に普遍的に適用できる結果である。この普遍性は、低エネルギー有効模型が持つLorentz不変性と関連していると考えられ、講演ではその関係も議論する。 さらに、上述の結果は低エネルギー有効模型の解析に依存しているものであるため、格子模型においてどの程度この結果が成立するかは明らかでない。そこで、可積分量子系(SSH模型・XXZ模型・1次元フェルミオンHubbard模型)において、我々の公式の妥当性を調べたのでその結果についてもご報告する。結果として、弱結合領域を中心に幅広い領域で、我々の公式がよく成立していることが分かった。これは、我々の低エネルギー有効理論による解析を支持するものである。一方で、強結合領域では一定のズレが存在することも分かった。これは、強結合領域ではLandau-Zener公式を安易に適用してはいけないということを意味しており、示唆深い結果であると考えている。 なお本講演は、中川 大也氏(RIKEN)・川上 則雄氏(京大)との共同研究[4]にもとづくものである。
    参考文献 [1] C. Zener, Proc. R. Soc. London Ser. A 145, 523–529 (1934). [2] For example, H. Yamakawa, et al. Nat. Mat. 16 1100–1105 (2017). [3] T. Oka and H. Aoki, Phys. Rev. Lett. 95, 137601 (2005). [4] K. Takasan, M. Nakagawa, and N. Kawakami, in preparation.
  • 曽我部 紀之 (慶応大):"カイラル磁気効果は量子色力学の動的ユニバーサリティクラスに影響を与えるのか?"
     素粒子・物性分野の様々な系で見られる動的臨界現象とトポロジカル輸送現象はともに、系の詳細によらない普遍的な物理現象である。前者のユニバーサリティクラスは一般に系の流体力学的なギャップレスモードに依存するため、巨視的な輸送現象である後者が前者の分類に影響を与える可能性がある。特に、ハドロン物理学の分野では、クォークの持つトポロジーが、カイラル磁気効果と呼ばれる3次元版の量子ホール効果のような輸送現象を引き起こすことが知られ、量子色力学の相図で示唆されている臨界点の兆候とともに、重イオン衝突実験での観測が目指されている。本発表では、カイラル磁気効果が量子色力学の動的ユニバーサリティクラスを変えることを示す。
  • 鎌田 翔 (NC State Univ.):"Non-perturbative rheological behavior of a far-from-equilibrium expanding plasma"
     For the Bjorken flow we investigate the hydrodynamization of different modes of the one-particle distribution function by analyzing its relativistic kinetic equations. We calculate the constitutive relations of each mode written as a multi-parameter trans-series encoding the non-perturbative dissipative contributions quantified by the Knudsen Kn and inverse Reynolds Re^{−1} numbers. At any given order in the asymptotic expansion of each mode, the transport coefficients get effectively renormalized by summing over all non-perturbative sectors appearing in the trans-series. This gives an effective description of the transport coefficients that provides a new renormalization scheme with an associated renormalization group equation, going beyond the realms of linear response theory. As a result, the renormalized transport coefficients feature a transition to their equilibrium fixed point, which is a neat diagnostics of transient non-Newtonian behavior. As a proof of principle, we verify the predictions of the effective theory with the numerical solutions of their corresponding evolution equations. Our studies strongly suggest that the phenomenological success of fluid dynamics far from local thermal equilibrium is due to the transient rheological behavior of the fluid.
  • 白井 達彦 (東京大):"非平衡環境と接したマクロ量子系への固有状態熱化仮説の応用"
     非平衡環境と弱く接したマクロな量子系の定常状態について議論する。系が非常に大きな自由度を持った環境と接すると、散逸の効果によってある定常状態へと緩和する。環境が熱平衡状態にある時には、詳細釣り合いの関係によって定常状態はギブス状態で与えられる。一方で環境が非平衡状態にある時には、詳細釣り合いの関係は満たされず、従って定常状態をシンプルな式で表すことはできない。そのような非平衡環境にある量子系の定常状態の性質を明らかにすることは、統計物理学の問題の一つであり、近年の冷却原子系やイオントラップ系の実験の進歩により注目を集めている。これらの実験系では、散逸を制御することにより、長距離秩序やトポロジカル秩序といった性質を定常状態として実現する試みが提案されている[1]。  本発表では、非平衡環境にあるマクロな量子系の定常状態を記述する上で、固有状態熱化仮説が重要な役割を担うことを紹介する。私たちはあるクラスのマクロな量子開放系の定常状態において、詳細釣り合いの関係が破れているにも関わらず、ある有効温度のギブス状態がその良い記述を与えることを数値的に示した[2]。ギブス状態の実現は ・注目系と環境との間の相互作用の強さに関する摂動展開の正当性 ・注目系が固有状態熱化仮説を満たすこと の二点に基づいている。  固有状態熱化仮説に基づいたギブス状態の実現可能性において、非自明な点は摂動展開の正当性にある。Prosenらの議論により、一般の量子開放系において、摂動展開の収束半径はシステムサイズの増加に伴い、急速に0に向かって小さくなることが知られている[3]。その事実にかかわらず、定常状態に保存カレントが流れていない場合には、摂動展開が熱力学的極限において漸近展開になっており、従って最低次で摂動展開を打ち切った摂動解が定常状態の良い記述を与えることを、スピン系の数値計算によって示した。この事実と固有状態熱化仮説を組み合わせることで、定常状態を表す密度行列はギブス状態でないにも関わらず、その定常状態は熱平衡状態として記述できることが結論される。最後に、この理論の適用範囲についても議論する。バルクに定常カレントが流れている場合には摂動展開が破綻し、そのために定常状態は熱平衡状態として記述されないことを、ボース・ハバード模型の数値計算によって示した。
    [1] S. Diehl, A. Micheli, A. Kantian, B. Kraus, H. Büchler, P. Zoller, Nat. Phys. 4 (2008) 878. [2] T. Shirai, T. Mori, in preparation. [3] H. C. Lemos, T. Prosen, Phys. Rev. E 95 (2017) 042137.
  • 布能 謙 (理研):"量子速度限界、断熱過程のショートカットと量子熱力学"
     量子速度限界(quantum speed limit, QSL)とは、量子操作に必要な時間の下限を与える普遍的な不等式であり、ハイゼンベルクの時間・エネルギー不確定性関係の厳密な定式化と捉えることもできる。QSLはこのように、量子力学の基本原理に密接に関係した関係式であり、システムに依存しないユニヴァーサルな関係式であるため、量子計算、メトロジー、量子最適制御、量子熱力学といった、様々な分野に応用されてきた。 一方、量子断熱時間発展をショートカットすることで、孤立量子系を有限時間で効率的に制御する手法として、断熱過程のショートカット(shortcuts to adiabaticity,STA)が活発に研究されてきた。そのため、STAを活用することで、有限時間で量子操作や熱機関を効率的に実装することができると考えられてきた。 本発表では、QSL,STA,量子熱力学に関連する二つの研究を紹介する。1つ目の研究[1]は、STAを実装して量子操作を加速したときに必要な熱力学的なコストを調べる。その際、STAによって余分な仕事は期待値のレベルでは必要ないが、仕事ゆらぎはエンハンスされる。さらに、QSLを拡張することで、操作時間と仕事ゆらぎの間にユニヴァーサルなトレードオフ関係があることを示す。2つ目の研究[2]は、量子開放系のQSLの定式化である。特に、操作時間の下限を与える量を量子熱力学で現れる物理的な量や、STAで現れる量と結びつけることで、量子操作のスピードがどのような量によって制限されるかを明らかにする。 これらの研究はQSL,STA,量子熱力学といった異なる分野の間の思わぬ結びつきを示唆し、非平衡な量子ダイナミクスの制御手法へのさらなる理解が期待される。
    [1] K. Funo, et. al., PRL 118, 100602 (2017). [2] K. Funo, N. Shiraishi, K. Saito, arXiv:1810.03011.
  • 高橋 和孝 (東工大):"制御の問題から見る動力学の普遍的構造"
     断熱状態を制御する手法Shortcuts to Adiabaticityは量子状態を理想のままに操作する理論的手法として提案され、その有効性は実験的にも確立している。ところが、この手法がどのような系に対しても適用できることはあまり認識されていない。どのような系でもハミルトニアンを二つに分割することができて、それぞれは系のエネルギーを測る役割と状態を変化させる生成子の役割を果たす。そして、ハミルトニアンによるエネルギー論、ハミルトニアンの分割による運動論を同じ枠組みで議論できる。Schroedinger方程式と類似の形をもつマスター方程式などにも適用可能であるので、量子系に限らず古典系や熱力学系への拡張も可能である。さらに言えば、この方法は動的不変量・量子最速曲線・(量子)速度限界・古典非線形可積分系におけるLax形式・Wegnerフロー・情報幾何学におけるPythagorasの定理・QAOAアルゴリズムなどさまざまな概念と密接に関係している。本講演では動力学の普遍的構造という視点からさまざまな非平衡現象を捉え、これまでの研究成果を交えながらどのような応用可能性があるか議論したい。

ポスター発表

  1. 宇都宮 将人 (京都大):"イオンチャネルの現象論的粉体モデルと異常緩和"
     HodgkinとKeynesが60年代に提唱したイオンチャネルの粉体モデルは二つの部屋を細長い通路でつないだ構造をしている.その中の粒子は細長い通路を通って,二つの部屋を行き来する.大信田らはこのような細長い通路のような構造が拡散現象に影響を及ぼして,異常拡散が生じる可能性を示した.ここでは,HodgkinとKeynesの粉体モデルに似た容器を用いた粉体の加振を離散要素法(Discrete Element Method)を用いた数値解析により平衡状態への緩和を調べ,平均場方程式の結果と比較する.また,HodgkinとKeynesの粉体モデルに似た容器をソフトポテンシャルに置き換え,人為的な細長い通路を用いずとも,異常拡散が生じることを示す.
  2. 梅野 健 (京都大):"ベイズ理論によるカオス性の定義とその情報量との関係について"
     ベイズ理論の逆確率によってカオス性を定義することに成功した。 具体的には、確率密度関数の時間発展則を示すペロン=フローベニウス方程式 をベイズの定理と見なすことにより、逆確率のエントロピーがリアプノフ指数(カオス性)とKL情報量(入力と出力の確率分布の差)に分解できることを示す。確率分布が不変測度の場合(平衡状態の場合)、これは良く知られているリアプノフ指数がKSエントロピーに等しいペシンの等式(不変測度が絶対連続なエルゴード力学系)に一致する。
  3. 太田 敏博 (大阪大):"AdS/CFT対応を用いたクォーク間力のカオスの解析"
     AdS/CFT対応によると、ある曲がった時空中での開弦のエネルギーは対応するゲージ理論のウィルソンループに等価であることが知られている。一般に、曲がった時空中の弦の運動にはカオスが現れる。そのカオスは場の理論の物理量にどのような影響を与えるのだろうか?我々はピュアヤンミルズ理論に対応する曲がった時空であるD4ソリトン時空中で開弦の運動を調べ、それがカオス的になることを示した。また、カオスがクォーク間力への影響を与えることを示し、そのリアプノフ指数を評価した。
  4. 岡田 直樹 (京都大):"ACトラップ系における帯電微粒子の様々な運動形態とその解析"
     ここで扱うACトラップとは,半径約15mm 程度の円輪状の導体を約数百~数千V の交流電源に接続することによって,振動電場を生じさせ,帯電微粒子を閉じ込める装置である. 円輪状の導体の上下に平行平板電極をおき,直流電源につなぐことで,帯電微粒子の重力を相殺する定電場を 印加することができる.帯電微粒子として金メッキを施した約30-50 mのシリカゲル製の球が用いられる 1.ACトラップに複数の帯電微粒子を閉じ込めると,様々な集団運動が見られる 2.さらに,短い毛糸の切れ端のような細長い物体を閉じ込めると,丸まったり,伸びたり,ヘリックス・ コイル転移のようなことまで起こり,非常に興味深い動きを見せる. 帯電微粒子が小数個のときは,正多角形の頂点の位置などに配置され,静止した状態や, その状態が不安定化し,相対位置が振動する運動が見られる. 多数個の場合は,外側の微粒子が殻構造をなし,動径方向に拍動すると同時に, その内部の微粒子は不規則に振動する液体のような運動を呈する. ACトラップを数理モデルで記述し,その数値解析などを行った結果を報告する.
  5. 金子 和哉 (東京大):"単一のエネルギー固有状態からの仕事の取り出し"
     孤立量子多体系の熱平衡化の研究により、ギブス分布のようなアンサンブルだけでなく、単一のエネルギー固有状態によっても熱平衡状態が表されるということが分かってきた。これは固有状態熱化仮説(ETH)と呼ばれている。一方、熱力学第二法則に関連して、ギブス分布からは任意のサイクル操作により仕事を取り出すことができないことが証明されている。しかし、単一のエネルギー固有状態からの仕事の取り出しについては議論がされていなかった。そこで、我々は局所ハミルトニアンによるクエンチ操作で、エネルギー固有状態から仕事を取り出せるかについて数値的に調べた。その結果、クエンチ前もしくはクエンチ後のハミルトニアンが非可積分の場合には、仕事を取り出せるようなエネルギー固有状態の割合がゼロになることが分かった。これは仕事の取り出しについてもETHと類似した構造が存在し、単一のエネルギー固有状態に対して熱力学第二法則が成立することを意味している。
  6. 金 スロ (神戸大):"開放系における自発的対称性の破れと有効場理論"
     本講演では開放系における自発的対称性の破れ、特に時間並進対称性の破れについて議論する。開放系の記述に適したSchwinger-Keldysh形式は通常のin-out形式と比べて2倍の対称性を持つことが知られているが、これらと散逸やノイズの関係に着目することで、時間並進対称性の自発的破れに伴うNambu-Goldstoneボソンの有効作用を構成する。本研究の成果はインフレーションの有効理論における隠れたセクターの解析にも応用できると期待している。
  7. 國見 昌哉 (京都大):"局所粒子数ロスを有するボース凝縮体の双安定性"
     近年冷却原子系では、制御可能な形で散逸(粒子数のロス) を実験的に導入することが可能になった。 特にドイツの実験グループ(Labouvie et al, 2016)により、局所的な散逸の強さを変化させることで、超流動流状態と常流動状態の双安定性が観測されている。この双安定性については、effective single particle modelという模型が提案されているが、より簡単な模型でこの双安定性の起源を説明するべく局所的な1体ロスがある系のBose-Einstein凝縮体の超流動流の性質について研究を行った。本講演では、デルタ関数型の純虚数ポテンシャル(1体ロス項)とそれを囲む2つの実ポテンシャル(ピン留めポテンシャル)を有するGross-Pitaevskii方程式の厳密解を紹介する。この模型は、弱散逸領域に安定な状態が2個存在し、強散逸領域では1個の安定状態が出るという、実験で観測された双安定性を定性的に再現することを示した。特に、強散逸領域では実ポテンシャルにソリトンがピン留めされることで、ロス項がある領域への流れを抑制し、系を安定化させるという機構が働いていることがわかった。
  8. 小松 信義 (金沢大):"ホログラフィー等分配則に基づく加速膨張宇宙モデル"
     宇宙の加速膨張を説明する標準宇宙論モデルは,加速膨張の観測データと合うように宇宙項の大きさ(ダークエネルギーの密度パラメータ)をチューニングする必要がある。本研究では,ホログラフィー等分配則を適用した宇宙論モデルの宇宙項の大きさについて,熱力学的な観点から議論を試みる。
  9. 鈴木 正 (埼玉医科大):"熱浴と結合した開放量子スピン系の非断熱時間発展"
     過去10数年の研究により孤立量子多体系の理解が進んだ現在、開放系の非平衡時間発展に関心が集まりつつある。その背景にはD-Wave社の量子アニーリングマシンの存在もある。筆者は最近、熱浴と結合した1次元量子スピン系の時間発展を正確に計算する新たな数値計算手法を開発した。その手法を用いて、ボソンの熱浴と結合した横磁場イジング模型の量子相転移をまたぐ時間発展に関して、孤立系において知られているKibble-Zurekスケーリングへの熱的環境の影響を明らかにした。
  10. 田之上 智宏 (京都大):"エネルギーカスケード現象の数理モデルの構築"
     十分発達した非圧縮性乱流では、エネルギーが大きなスケールから小さなスケールへ順繰りに輸送されるというエネルギーカスケード現象が知られている。これは極めて非自明な現象であり、実空間でのどのようなダイナミクスに対応するのか判然としない。本研究では、このエネルギーカスケード現象の本質的理解こそが乱流の普遍的側面の理解に直結するという立場のもと、この現象を示す単純な数理モデルを構成し、そのダイナミクスを数値的・解析的に調べた。
  11. 手塚 真樹 (京都大):"量子リアプノフスペクトルおよび時間相関による量子多体系のカオス性の特徴づけ"
     量子多体系のカオスを特徴づける2つの方法を提案する。まず、有限時間での古典系のリアプノフスペクトル[1]を量子系に拡張したものを考える[2]。熱力学極限かつ低温でリアプノフ指数が「カオスの上限」を満たす系であるSachdev-Ye-Kitaev模型では、リアプノフスペクトルがランダム行列的な統計を示すが、1体ホッピングによりカオス性を乱す[3]と、準位間反発は失われてポアソン統計に近づくことがわかった。同様の振る舞いは、多体局在を示す系である、XXZ量子スピン鎖にランダム磁場を加えた系でも見られる。リアプノフスペクトルの時間依存性およびエントロピー生成との関係も含めて議論する。 さらに、2サイト間の時間相関を行列とみたものの特異値によっても、量子多体系のカオス性が特徴づけられる可能性を提案する[4]。
    [1] M. Hanada, H. Shimada, and M. Tezuka, "Universality in Chaos: Lyapunov Spectrum and Random Matrix Theory", Phys. Rev. E 97, 022224 (2018). [2] Hrant Gharibyan, Masanori Hanada, Brian Swingle, and Masaki Tezuka, “Quantum Lyapunov Spectrum”, arXiv:1809.01671 . [3] A. M. Garcia-Garcia, B. Loureiro, A. Romero-Bermudez, and M. Tezuka, “Chaotic-Integrable Transition in the Sachdev-Ye-Kitaev Model”, Phys. Rev. Lett. 120, 241603 (2018). [4] Hrant Gharibyan, Masanori Hanada, Brian Swingle, and Masaki Tezuka, in preparation.
  12. 兎子尾 理貴 (京都大):"超純良金属中の電子流体における非局所・非線形光学応答"
     近年、超純良な金属中において、電子系のダイナミクスが流体力学によって記述できることが理論・実験の両面から明らかになってきた。このような系では、不純物散乱などによる運動量散逸が非常に小さくなっているため、粘性による運動量散逸が無視できない。このような流体力学的特性を反映して、“流体力学領域”では「負の非局所抵抗」や「Gurzhi効果」、「super ballistic flow」など、多様で非従来なDC 輸送現象が実現することが実験・理論の両面で明らかになっている。また、AC電源下においても“ボルテックスダイナミクス”と呼ばれる渦の発生・消滅を伴う集団運動が発生することが数値的に予言されている。  しかしその一方で、流体力学領域での光学応答はこれまでほとんど議論されてこなかった。上述の例では、試料のサイズ効果によって流体に速度勾配を生じさせることで粘性効果を検出しているのに対して、光学応答では光の波長に応じた速度勾配を発生させることになる。これを反映して、流体力学領域では粘性・ホール粘性に起因した、非局所的な電子応答が実現すると期待される。また、流体の非線形性によって、従来とは異なる機構での非線形光学応答が発現すると期待される。  本研究ではまず、2,3次元電子流体の電気伝導度を線形化したNavier-Stokes方程式に基づいて計算し、電磁波が電子流体中をどのように伝播するかを議論した。その結果、3次元電子流体ではその非局所性を反映して(Drude理論には現れない)特殊な伝播モードが存在することが明らかになった。次に電子流体の反射率スペクトルを計算し、粘性効果によってDrude理論の結果からどのような差異が生じるかを議論した。ここから、さらに線形近似の範囲を超えると、流体の非線形性に起因した非線形光学応答を議論することができる。本研究ではNavier-Stokes方程式の慣性項を摂動的に取り入れることで、二次高調波発生やDC電流効果の解析を行った。当日の発表では、これらの結果を利用して流体効果を光学的に検出し、電子流体の粘性係数やホール粘性係数を測定することが可能かどうかを議論する。
  13. 中野 裕義 (京都大):"スリップ境界条件の微視的基礎づけ"
     固体表面と接する流体に課される境界条件として有限のスリップ長を持つスリップ境界条件が知られている。我々は微視的な運動方程式とゆらぐ流体方程式に基づいて、このスリップ境界条件の微視的な基礎づけを議論する。第一に、微視的理論からスリップ長に対する2つの統計力学的表現を導出する。次に、ゆらぐ流体力学を用いてこの2つの表現を厳密に計算することで、この2つの表現の妥当性を議論し、さらに、これらが同じ量の異なる表現であることを示す。
  14. 中村 真 (中央大):"ゲージ・重力対応における非平衡相転移の臨界指数の解析"
     平衡系と非平衡系の違いとして、例えば詳細つり合いの原理の成立の有無という大きな違いがあるが、この他にも、非平衡系を記述するパラメータとして、平衡系には存在しなかった新たなパラメータが加わるという違いもある。この新たに加わるパラメータの例として、外部電場に沿った方向の電流密度がある。非平衡系を記述するマクロな有効理論が存在した場合、その理論において電流密度はどのような役割を果たすだろうか。本研究では、このような観点から、ゲージ・重力対応を用いて、外部電場に沿って定常電流が流れる非平衡定常状態を、線形応答を超えた領域において解析した。文献[1]では、この非線形領域において電気伝導度が転移する、電流駆動型の非平衡相転移が発見され、2次相転移点におけるβおよびδに対応する臨界指数が計算された。本研究[2]では、新たに電流密度に対する感受率を定義し、その振る舞いからγに対応する臨界指数を計算した。得られた結果はいずれも平衡系のランダウ理論で予想される臨界指数の値と一致する。このことから、ここで扱う非平衡相転移の背後には、電流密度をパラメータとした、ランダウ理論に類似の何らかの有効理論が存在することが示唆される。一方で、単純にはランダウ理論を構成しにくい事情も存在する。本講演では解析の詳細と関連する考察について説明する。
    [1] S.N. ``Nonequilibrium Phase Transitions and Nonequilibrium Critical Point from AdS/CFT,'' Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 120602. [2] M. Matsumoto and S.N. ``Critical Exponents of Nonequilibrium Phase Transitions in AdS/CFT Correspondence,'' arXiv:1804.10124 [hep-th].
  15. 芳賀 大樹 (京都大):"量子カオス系におけるフロケ・マグナス展開の収束半径"
     フロケ理論において、周期的な外場で駆動される量子系の離散時刻でのダイナミクスは、ある時間に依存しない有効ハミルトニアンによって記述される。フロケ・マグナス(FM)展開はこの有効ハミルトニアンを振動数の逆数に関して形式的に展開したものである。系の特徴的な時間スケールに比べて外場の振動数が十分大きい場合には、FM展開の低次の項は有効ハミルトニアンのよい近似を与えることが知られている。一方で、どの振動数領域においてFM展開が収束するのかに関しては、二準位系や調和振動子といった厳密に解けるモデル以外ではほとんど理解されていない。本研究では、古典極限でカオスを示すような非可積分系に関してFM展開の収束性を数値的に調べ、それが系のカオティックなダイナミクスとどのように関連しているのかについて考察する。
  16. 橋爪 洋一郎 (東京理科大):"熱力学的距離を用いた緩和過程での状態追跡"
     最近,我々は熱場ダイナミクスの状態ベクトルを用いて熱力学的距離を定義することで,様々な系の状態変化の様子を調べられることを示した.これを用いて非平衡過程の状態追跡を行う.特に,緩和過程に着目するとき,臨界緩和が熱力学的距離にどのように現れるかがわかった.
  17. 長谷川 博 (茨城大):"情報幾何学に基づいたコスト・パフォーマンス最適化問題の研究II"
     非平衡状態間の遷移に一般化された熱力学第二法則は、情報幾何学に基づいて再定式化できる。そこでは、温度でスケールしたKLダイバージェンスが導入され、エネルギー次元を持つ新たなダイバージェンスの重要性が明らかになった。本研究ではこの考えを拡張し、等温系での熱浴の粒子数でKLダイバージェンスをスケールすることによって、最大コスト・パフォーマンスを与える最適な熱浴の粒子数を導く。
  18. 樋野 佑樹 (京都大):"断熱量子ポンプにおける幾何学的ゆらぎの定理"
     メソスコピック系では,幾何学的カレントという,定常状態とは異なるタイプのカレントが存在する事が知られている.これは,温度や化学ポテンシャルといったパラメータを周期的にコントロールする事によって生じ,BSN位相として知られる幾何学的な位相に起因する.本講演ではこのような幾何学的カレントの確率分布について完全係数統計とマルコフ量子マスター方程式の枠組で解析し,従来のものと異なるタイプのゆらぎの定理が存在する事を示す.
  19. 平泉 真生 (京都大):"相分離の成長則における流体と潜熱の影響"
     相分離の成長則に対して,流体効果や潜熱の存在がどのような影響を与えるか数値計算を通して解析を行った。 その結果、成長則のスケーリングには様々なバラエティがあることが分かった。
  20. 藤原 侑樹 (日本大):"修正されたBatemanラグランジアンに基づく減衰調和振動子の量子化"
     減衰調和振動子の運動方程式を導くあらわに時間依存しないラグランジアンとして, Batemanラグランジアンが知られている. Batemanラグランジアンは, 互いに独立な減衰振動と増幅振動を同時に記述する. 一方, このラグランジアンに基づき量子化を行うと, 減衰振動の振幅と増幅振動の振幅の一次結合が基本的な力学変数となり, 減衰振動の自由度のみを扱うことが困難になる. これを踏まえて, 本研究では修正されたBatemanラグランジアンを提案し, それに基づき, 減衰調和振動子の古典論と量子論を論じる. このラグランジアンを採用することで, 減衰振動と増幅振動の自由度が互いに関係して, 本質的に減衰振動のみを記述することができる. また, このラグランジアンから, 時間に依らないハミルトニアンが求まり, それを力学的エネルギーと発生する熱エネルギーに分解することができる. さらに, 量子論において, エネルギー演算子に関する固有値問題を解くと, 時間経過と共に減衰する固有値が得られ, 固有関数は時間経過と共に原点付近に収束することがわかる.
  21. 藤本 和也 (東京大):"1次元スピノルBose気体における非熱的固定点"
     孤立量子系における普遍的な緩和現象として、非熱的固定点に基づくシナリオが提案されている。これは、ある非平衡な初期状態から出発して、系が平衡状態に向かう途中で相関関数に臨界現象と似た動的スケーリングを示す緩和として理解されている。我々は、1次元スピノルBose気体においてこのシナリオに対応する普遍的な緩和ダイナミクスが現れること、及び、その普遍性の背後には磁気ソリトンが重要な役割を果たしていることを数値的に明らかにした。
  22. 別所 拓実 (京都大):"フロケ系のギャップに守られたトポロジカル相の分類"
     対称性に守られたフロケ系のトポロジカル相の分類はすでに行われており、平衡系とほぼ同じことが示された。本発表では、もう少し異なる対称性の定義を考えた時にも、やはり分類が同じになることを示し、そのモデルチェックを行う。
  23. 堀部 和也 (大阪大):"曲面の幾何による進行スポットのカオス散乱"
     細胞や器官などの生物の曲面上では化学的あるいは電気的な進行スポットが現れる.この進行スポットは曲面の幾何に応じてその進行方向を変化させることが,近年実験的に示唆され,理論的にも定性的に示さている.我々はこの進行方向の変化を定量的に調べるために,反応拡散方程式を用いて,曲面上の進行スポットの進行方向を数値計算で調べた.具体的には曲面上のある領域に進行スポットを入射し,その散乱角を調べた.単峰型の曲面 (z(x,y) = exp[-(x^2+y^2)]) では散乱角は入射位置に対して連続的に変化したが,多峰型の曲面 (z(x,y) =h x^2y^2exp[-a(x^2+y^2)]) では散乱角は,入射位置に対して不連続なフラクタル性を持つ関数を示し,カオス散乱と同様な初期値鋭敏性を示した.さらに曲面の高さhを下げるとこのフラクタル構造が消失する分岐を発見した.
  24. 松田 英史 (京都大):"古典場におけるずり粘性"
     相対論的重イオン衝突実験において、クォーク・グルーオンプラズマ(QGP)生成に至るまでの短い熱化時間をもたらす機構について理解することは課題の1つである。衝突直後、系はグラズマと呼ばれる古典ヤンミルズ場が支配的である。そしてグラズマが自発的に崩壊し粒子系となり、やがてQGPに至るという描像が相対論的重イオン衝突における熱化過程である。したがって、熱化過程における初期段階を理解するためにはグラズマの熱化について調べる必要がある。先行研究[1,2,3]では、グラズマの持つ不安定性やカオス性が急速な圧力の等方化とエントロピー生成をもたらすことが調べられており、この急速な熱化が早い熱化時間を説明するかもしれないと期待されている。ただし、グラズマは古典平衡状態に一気に到達するわけではなく前述の急速なエントロピー生成を伴う早い熱化の後、穏やかなエントロピー生成を伴う準平衡状態を経由し古典熱平衡状態へと至る[3]。この準平衡状態における穏やかなエントロピー生成の起源はよく理解されていない。 本研究では、古典場の準平衡状態が粘性流体的な振る舞いをすると考えるならば、エントロピー生成は粘性や熱伝導などの流体の機構で説明できることに着目する。そして、エントロピー生成の起源の候補の1つとして、古典場がどの程度のずり粘性を持つのかを調べる[4]。ずり粘性の計算には線形応答理論におけるグリーン・久保の公式を用いる。 発表では、まず古典ヤンミルズ場よりも簡単なスカラー場における結果を見せて、次にヤンミルズ場についての結果を見せる。最後に結果をもとに議論を行う。
    [1] P. Romatschke and R. Venugopalan, Phys. Rev. D 74, 045011 (2006) [2] T. Epelbaum and F. Gelis, Phys. Rev. Lett. 111, 232301 (2013) [3] H. Tsukiji, T. Kunihiro, A. Ohnishi, and T. T. Takahashi, PTEP 2018, 013D02 (2018). [4] M. M. Homor and A. Jakovac, Phys Rev D 92, 105011 (2015).
  25. 三浦 崇寛 (大阪大):"クォーク・グルーオン・プラズマ中でのクォーコニウムの時間発展と熱平衡化"
     クォーク・グル―オン・プラズマ中でのクォーコニウムの物理が進んている。重いクォークの束縛状態であるクォーコニウムは、クォーク・グル―オン・プラズマのプローブの役割を果たす。クォーコニウムは量子開放系と捉えると、その密度行列の時間発展はマスター方程式で記述される。特に、Lindblad型と呼ばれる形のマスター方程式は密度行列の正定値性を保つ。今回は、Lindblad型で導かれたクォーコニウムの相対座標に関するマスター方程式を数値解析することによって、その時間発展、及び、熱平衡化の様子を解析する。
  26. 南 佑樹 (京都大):"非平衡開放系における自発的対称性の破れと南部・ゴールドストーンの定理"
     大域的な連続対称性が破れるとそれに伴いギャップレスモードが現れることが南部・ゴールドストーンの定理で示されている。この定理は保存系について定式化されたもので、保存則が破れる開放系での対称性の破れとギャップレスモードについてはこれまでに十分に議論されてこなかった。本研究では、開放系を記述するSchwinger-Keldysh経路積分でのWard-Takahashi恒等式を導出し、開放系において自発的に対称性が破れた場合にどのような分散関係が実現するかについて一般的な公式を導く。
  27. 宮崎 修次 (京都大):"同一意見を持つ人の割合が振動する合意形成ネットワークモデルと平均場方程式"
     職場会議など小さなコミュニティ内で行われる合意形成でも, 一時的に劣勢であった1意見が逆転し優勢となるような事象は数多く存在する. 本研究では,合意形成における多数派と少数派の逆転のような 各意見を持つ人の割合の時間的振動を取り入れた数理モデルの作成とその解析を目的とする. このような数理モデルを作成するために,ネットワーク内の個人に性格を与える. 多数派に従属する「寄らば大樹の陰」的な性格, または,少数派を擁護する「判官びいき」的な性格である. このような個人の性格の考慮をネットワーク数理モデルに組み込むことで, 同一意見割合の振動を再現することができた. また,ネットワークモデルに対応する平均場方程式を作成する際に参考にした, 粉体時計と呼ばれる現象を呈する加振粉体についても考察する.
  28. 森川 雅博 (お茶の水大):"量子から古典への過渡ダイナミクス ―スクイーズド状態を経由したコヒーレント状態の発展から―"
     対称性の自発的破れやボーズアインシュタイン凝縮などの相転移の過渡ダイナミクスを議論する.特に,量子力学系における古典的シグナルの発生過程を記述する方法を,シュビンガー・ケルディシュの方法を発展させて開拓する.まず,不安定なポテンシャルに置かれた量子系は発達したスクイーズド状態を作るが,自由系である限り,この過程はユニタリーで可逆的である.ただし,粒子生成と関連する大きな作用関数を持っているので,我々は,これに由来する非散逸的な古典的揺らぎを同定する.ひとたび非線形相互作用があれば,これがコヒーレント状態の成長を促し,古典的シグナルが発生する.その過渡過程を記述するランジュバン方程式を導出する.これは系が初期に対称性を持っていれば,その対称性を真に自発的に破る過渡過程になっている.また,ボーズアインシュタイン凝縮における基底状態の発展も,このコヒーレント状態の過渡過程として記述できる.さらに,初期宇宙における銀河の種になる揺らぎも,量子論からスクイーズド状態を経たコヒーレント状態の発展として同様に記述できることを示す.なお,ランジュバン方程式から出現する古典的シグナルは,キャンセルできず,マクロ不可逆性の起源にもなっている.
  29. 山家 一樹 (京都大):"無限量子系の非平衡定常状態におけるJarzynski等式型の仕事関係式"
     Jarzynski等式は「平衡状態にある系」に対して操作を行った際に取り出せる仕事の分布についての関係式である。本研究では「非平衡定常状態にある量子系」において類似の等式を導出した。非平衡定常状態への収束を考えるためには無限に広がった熱浴を扱う必要があり、系は全体として無限量子系とならざるをえない。有限量子系では通常、仕事分布はエネルギーの2回測定により定められるが、無限系ではエネルギーに対応する物理量を直接考えることはできない。しかし、非平衡定常状態を基準としたエネルギー変化に対応する物理量を考えることはでき、それについて仕事関係式を導出している。ここで採用した仕事分布の物理的解釈についても議論したい。
  30. 山中 由也 (早稲田大):"Bogoliubov変換を含む4x4行列形式のThermo Field Dynamics"
     トラップされた冷却ボース原子系を想定した非平衡場の量子論系の定式化の一環である。近年の研究で、自己エネルギーの繰り込み条件から量子輸送方程式を導出するThermo Field Dynamics(TFD)において、Bose-Einstein condensation (BEC)のない非一様系について定式化がなされ、また真空または平衡系においてBECの存在する際の量子揺らぎの大きいゼロモード演算子の取り扱いについて進展を見た。BECを含む非平衡過程の記述には、TFDの熱的BOgoliubov変換に加えて通常の準粒子を定義するBogoliubovhen変換あり、4x4行列形式の定式化が必要である。単純な2個の変換の直積では非平衡TFD形式では機能せず、これまで矛盾のない定式化が確定していなかった。今回、矛盾ない定式化の試みを報告する。
  31. 山本 和樹 (京都大):"散逸を取り入れた超伝導における平均場理論とその演算子対応"
     粒子のロスや非弾性散乱などの散逸の効果を系に取り入れるとハミルトニアンは非エルミートとなり、それに伴う非ユニタリーな時間発展により固有状態は一般に減衰する。近年非エルミート量子系の研究は実験と理論の両方の側面から幅広く行われてきた[1-4]。しかし先行研究のほとんどは相互作用のない系を扱ったものであり、いくつかの研究を除いて[3,4]量子多体現象を理論的に扱ったものはほとんどなかった。  そこで本研究では典型的な量子多体現象であるBCS超伝導が非エルミート性によってどのような振る舞いをするのかに注目する。クーパー対の非弾性散乱を考えるとポテンシャルは複素になるが、この現象は実験的には例えばアルカリ土類冷却原子の1S0状態と3P0状態の間でFeshbach共鳴を起こすOrbital Feshbach共鳴(OFR)で生じる。我々は分配関数からHubbard-Stratonovich変換により自由エネルギーを求めその実部を最小化することによってギャップ方程式を導出した。自由エネルギーの実部を最小化することは短時間の時間発展によるダイナミクスを見るということに対応している。その結果得られたギャップ方程式は散逸が入ることによって超伝導ギャップが増幅されるという驚くべき結果を示している。このことは超伝導系の引力相互作用が非弾性散乱により有効的に増幅されたと解釈できる。最後に我々はこの散逸の入ったギャップ方程式の中に現れる超伝導ギャップが非エルミート系における’’平均場近似’’に対応していることを示す。乃ち非エルミート系での平均場ハミルトニアンがエルミート系と比較してどのような変更を受けるのかを導き、超伝導ギャップがフェルミ粒子の演算子を用いて非エルミート系での期待値として表されることを示す。
    参考文献 [1] A. Guo et al. Physical Review Letters 103 (2009) 093902. [2] Takafumi Tomita et al. Science Advances 3 (2017) e1701513. [3] Yuto Ashida, Shunsuke Furukawa, Masahito Ueda, Nature Communications 8 (2017) 15791. [4] Masaya Nakagawa, Norio Kawakami, Masahito Ueda, Physical Review Letters in press (arXiv:1806.04039.)
  32. 渡邉 聡 (京都大):"二次元格子上の捕食者・被捕食者の個体数変動に現れるクラスター構造の解析"
     生物種の個体数変動を記述するLotka-Volterra方程式は、空間を大域的にならした平均場方程式であることが特徴である。先行研究では、捕食者と被食者関係にある生物種の個体数変動の空間的な分布に着目するために、捕食者、被食者、生物なしの空地を、それら三種の状態をとる格子に置き換えることでモデル化して調べる試みが進められている。本研究では、二次元格子上の生物種間の相互作用が隣接格子間のみで起きると仮定し、適当な初期状態を与えたものの時間発展を考察する。一定の反応ステップ後,定常状態に達したものについて,捕食者,被食者,生物なし(空地)のそれぞれが空間的に局在し,クラスター構造をとる場合がある。クラスターサイズ分布などクラスター構造の統計性を調べた結果を報告する。